引用元:わかったつもり – 読解力がつかない本当の原因
初版:2005年9月20日
著者:西林克彦
P.177
「よりよく読めた」という状態は、「以前よりはよく読めている状態」かも知れないけれど、その状態を乗り越えるための、もっと良い読みが存在するのです。
深さを追求すればきりがなくなりそうではある。が、現状の「わかった」という認識よりもさらに上の「わかった」があるという意識は、常に持っておきたい。
2009/11/01 • 3:57 pm 0
引用元:わかったつもり – 読解力がつかない本当の原因
初版:2005年9月20日
著者:西林克彦
P.177
「よりよく読めた」という状態は、「以前よりはよく読めている状態」かも知れないけれど、その状態を乗り越えるための、もっと良い読みが存在するのです。
深さを追求すればきりがなくなりそうではある。が、現状の「わかった」という認識よりもさらに上の「わかった」があるという意識は、常に持っておきたい。
2009/11/01 • 3:50 pm 0
引用元:わかったつもり – 読解力がつかない本当の原因
初版:2005年9月20日
著者:西林克彦
P.40
浅いわかり方から抜け出すことが困難なのは、その状態が「わからない」からではなくて、「わかった」状態だからなのです。
「わかった」という認識は、思いこみでしかないと言うことを常に意識しておきたい。
「わかった」という状態は、「わからないことがない」ことであり、つまりは「わからないことがわからない」ということかな。
「わかった」という安定状態を崩し不安定にすることは、さらなる理解への第二歩目。一歩目は、まず「わかっていないことがある」と気付くこと。
2009/10/31 • 2:15 am 0
引用元:読んでいない本について堂々と語る方法
初版:2008年11月25日
著者:ピエール・バイヤール 翻訳:大浦康介
P.194
書物において大事なものは書物の外側にある。なぜならその大事なものとは書物について語る瞬間であって、書物はそのための口実ないし方便だからである。
ある書物について語るということは、その書物の空間よりもその書物についての言説の時間にかかわっている。
書評などを見ると、その本そのものを評価したり批判したりしている文章に出会うことがある。が、本の評価(amazonの星の数とかベストセラーだとか何万部売れているとか)など、実は意味がないのかも、と気付かされた一文。
書籍を口実に、あるいは媒介にして語った言葉や考え、意見、思考に価値があるのであって、書籍そのものに価値があるのではないのかも。
まあ、本自体の評価が高かったりするとその本を読む切っ掛けにはなるので助かりますがね。ただ、評価が低い本だからといって、その本を媒介にして語った言葉や思考や考えの評価まで下がるのではない・・・という事は念頭に置いておくべきだと感じた。
カテゴリー:読書, ピエール・バイヤール
2009/10/31 • 2:00 am 0
引用元:読んでいない本について堂々と語る方法
初版:2008年11月25日
著者:ピエール・バイヤール 翻訳:大浦康介
P.29
流し読みしかしていなくても、本について語ることは出来る。しかも流し読みは、本をわがものとするもっとも効果的な方法かもしれないのだ。それは、ディテールに迷い込むことなしに、本がもっている内幕の本質と、知性を豊かにする可能性を尊重することだからである。
「読書は最初から最後まで一字一句読むもの」という常識は捨て去るべき、という考えを最近は持ち始めていたところ、タイミング良くこの本のこの一文と出会い、正直ほっとした気分になった。
仕事においてもプライベートにおいても大量の情報を処理しなければ生き残れないかもしれない昨今、一冊の本の細かいところよりも、むしろ全体を見通す読み方をしたい。
もちろん、気に入った本はじっくり読みますけどね。
カテゴリー:読書, ピエール・バイヤール